昨年8月、道路運送法施行規則が改正され、旅客事業者はそれまで義務付けられていたドライバーの氏名を車内に表示すること(タクシーは顔写真入りの運転者証の掲示方法)が廃止された。ドライバーのプライバシー保護を重視してのことだという。一方、トラック業界を見ると、後部扉など車両の外側にドライバーの名札を掲示する事業者がいる。運送業界の中でもトラック独自の文化でもある名札の掲示はどのような目的で始まり、効果を出しているのか。事業者に聞いた。

 

■旅客は昨夏廃止

貨物運送の事業者はドライバーの氏名を掲示しなければならない決まりはないものの、「使用者の名称(会社名)」を表示することは義務付けられている。広島運輸支局の貨物担当に確認すると、道路運送法95条が根拠で、「自動車の外側に会社名やロゴマークを見やすいように表示しなければならない」という。

 

また、同法施行規則65条では自動車の使用目的として「特定」「運行」「通運」などを表示することも決められており、「トラック事業の開業手続きの際に、このことを説明している」という。

 

では、ルール上は必要でないのにドライバーの氏名の掲示を始めたのはなぜだろうか。長年、業界を見てきた事情通によると「どこが発祥か分からないが、コンビニや引っ越し、宅配など一般消費者と対面する業者が始めたと記憶している」と話す。

 

実際に中国地方でコンビニ配送を行う事業者は「ドライバーの安全意識を高める目的で、先代の頃から20年以上続けている」。また、同県西部で食品を運ぶ会社の役員は「安全な運転や適切な作業を、責任を持って行いますという意思表示」という。

 

なお、この件をコンビニ最大手のセブン―イレブン・ジャパン(東京都千代田区)に聞いてみると「弊社から配送事業者に氏名の表示をお願いしたかを含めて経緯は全く不明」との回答があった。

 

■トラック今後は

 

今回の旅客事業のルール改正の根底にあるのはドライバーのプライバシー保護だ。先述の食品配送を行う会社では「女性ドライバーが取引先の施設で付きまとわれたのをきっかけに氏名の掲示を廃止した」という。ほかにも、攻撃的な苦情が名指しで入ることがあり「名字だけ、ひらがな表記にした」という事業者もおり、社会の変化に合わせた動きも見られる。

安全運転や仕事そのものの責任感を醸成することにつながっている氏名の表示は、あくまでもトラック事業者が自発的に行う前向きな行動だ。監視社会と言われる今、個人の氏名を表示することは難しい面もあるが、荷主や一般の人にも「さすがプロだね」と言われ続けるツールであってほしいと願っている。

 

廃止「ホッとした」 タクシー業界の反応は

 

広島市内で運行する個人タクシーのドライバーは、個人の意見と前置きしながら「運転者証の掲示がなくなってほっとしている」と話す。気に入らないことがあると運転者証を撮影されたり、名前を呼びながら暴言を吐かれたりと密室ゆえの怖い目に遭ったことがあるそうだ。

 

このドライバーによると、苦情を受け付ける場合は、相手の氏名を聞くように業界団体から指導されているという。「正当な意見なら、相手も名乗れるはず。悪いところがあれば改善するが、そのためにも冷静に対応することが大事だし、自衛策の一つ」と教えてくれた。

 

30年変わらない文化 プロの責任表す名札

 

一般消費者と接する業務上、古くからドライバーの名札を掲示している2社に経緯や目的を聞いた。

■ヤマト運輸

車両後部や左ドアにドライバーの名札を表示しているという同社。表記はフルネームだが、希望があれば名字のみなど柔軟に対応する。1988年4月、一人のセールスドライバーが事故防止策で自主的に始めたことがきっかけ。90年代前半までに社内で広がり、現在は全国の集配車が表示している。
「名札は『人・街・荷物の安全』への決意と責任を表しており、ドライバーをはじめ従業員一人ひとりが会社の代表という意識で仕事ができる目的も。また、お客様から名前で呼ばれるなどコミュニケーションの役割も担う」(コーポレートコミュニケーション部)。

 

■アート引越センター

同社は引越業務で使う車両の後部扉にドライバーのフルネームを表示している。「社用車を運転する責任感や見られている意識を持ち、より丁寧で周囲の安全に配慮した運転や安全意識の向上を促すことを目的に、2000年12月頃に始まったと聞いている」(広報宣伝部)。

ドライバーは乗務のたびに自分の名札を車両に設置するほか、作業スタッフを含めユニフォームにも名札を付けることで意識を高め、高品質のサービス提供に努めていると話してくれた。