第十話.岡野、姉を泣かせる

 何ヵ月も、家を空けてたからだろうか。姉か母か。捜索願でも出ていたのかもしれない。
 補導された俺は交番へと連れていかれ、程なく警察から学校に電話が入り、担任教師と生活指導の教師が迎えに来た。

「お前ほんと何やってんだ!」
「迷惑をかけて!!」

 ……めちゃくちゃ怒られた。

 そのまま俺は教師に連れられ、家へと送り返される。

「全く、学校にも来ないで。テキ屋でバイトとか何考えてんだ。何があった? なんで家出なんてしたんだ」

 ――え。そりゃ、遊ぶのが楽しくて。

 いや、流石にそれは言えない。
 なんて言い訳をするか。

 俺の返答を待つ教師に、渋々浮かんだ言い訳を口にした。

「姉がー……。口うるさくて。居心地が悪くて、そんで……」

「……そうか。でも、まぁ、学校はちゃんと出て来い?」

「うぃーっす」

 これで話は終わりだと、そう思っていた。

 姉と暮らしていたアパートに着く。久しぶりの我が家だ。
 迎えに出てきた姉が教師を家に上げ、話し合いの場が設けられる。

「弟さん、ずっと学校を休んでましてね」

 ちくちくちくちく、教師から説教をされる。
 
 学校をサボっていたし、夜遊びしてたし、家出してたし、年誤魔化してバイトしてたし。
 怒られるのは仕方がない。
 面倒くせーっと右から左に聞き流していた時だった。

「家出の理由は知ってますか?」

 ――は?
 ちょい待て。何言うつもりだよ。

「岡野君は、お姉さんとの折り合いが悪いのが原因だと言っていたんですが」

「――!」

 ――勘弁してくれよ。
 なんでそういうのチクるかなぁ。
 空気読めよ。

 かと言って、ここで違うと言えば、遊ぶのが楽しいからっていう下らない理由だと言わなくちゃいけなくなる。
 今更訂正も出来ない。

 姉は黙って教師の話に頷き、時折小さな声ですみませんでしたと頭を下げる。
 チクられたことにムカムカした。

 やがて話を終えて先生が帰っていく。
「明日からちゃんと学校に来るように」と念を押して。

 ああ、やっと終わった。
 姉ちゃん、怒ったかな。何気なく姉の顔を見て、俺は息を呑んだ。

 ――姉が、泣いていた。

 一瞬頭が真っ白になる。

「ね、姉ちゃん……?」

「……テル。あんた、そんなに私が嫌だった?」
「ちょ、待ってよ姉ちゃん、あんなのただの言い訳で――!」

 ボロボロと悔しそうに、悲しそうに泣く姉に言葉が続かない。

「……家出するほど煩かった?」

 ――『姉が、口うるさくて。居心地が悪くて――』

 自分が口にした、馬鹿な言い訳が、頭の中でぐるぐる回る。
 罪悪感で胸が押しつぶされそうになる。


 あああああああ。

 俺は、馬鹿だ。
 なんであんな嘘ついたんだろう。

 もうちょっとマシな言い訳をすればよかった。
 感謝こそすれ、煩わしいなんて思っていないのに。
 ガキの頃からずっと親代わりになって、支えてくれたのに。
 そんな姉ちゃんを泣かせてしまった。

「ごめん……、ごめん姉ちゃん、姉ちゃんとの折り合い悪いとか、嘘だから! 煩いなんて、そんなこと思ってねぇから!! 咄嗟に言い訳が思いつかなくて、それで……!」

 咄嗟とはいえ、あんな嘘、付くんじゃなかった。
 適当にしときゃ良いなんて、考えるんじゃなかった。
 激しく後悔した。

 ごめん、姉ちゃん。
 ほんとにごめん。

 ――あの日の姉の涙は後悔とつぎなって、今でも俺の胸の奥深くに、棘のように刺さっている。

to be continued…


ご閲覧有難うございます! 
次回更新は7/10を予定しています。 お楽しみに!