働き方改革関連法によってトラックドライバーの労働時間に上限が設定(時間外労働時間が年間960時間に制限)される、いわゆる2024年問題に危機感を示す運送事業者は少なくない。

実はその前年、2023年4月1日から、中小企業の月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が、25%から50%に引き上げられるのを見過ごしてはいないだろうか。2024年問題が「行政との関係」における問題だとすれば、2023年問題は「ドライバーとの関係」における問題。つまり、割増賃金率の引き上げによって未払い残業代請求が多発し、運送業界の危機を招く恐れがあるのだ。

時間外労働を抑制することを目的に、月60時間超の法定時間外労働の割増賃金率が2010年4月から25%から50%に引き上げられたが、中小企業においては「当分の間、引き上げは適用しない」とされていた。その猶予期間が2023年3月31日で終了し、企業規模に関わらず、すべての事業者は50%以上の割増賃金を支払わなければならなくなる。

この割増賃金率の引き上げは、単に「5割増になる」のだけが問題ではなく、これを契機に、労働時間を反映していない給与制度そのものの問題となり、ドライバーの未払い残業代請求への引き金となる恐れがあるのだ。

今後、割増賃金率の引き上げがネットやニュースなどで多く報じられると、ドライバーの給与に対する意識が労働時間に向かうことになる。会社は、給与明細に25%増や50%増といったそれぞれの額を明記する必要があるようになり、その根拠である時間外労働時間について、ドライバーに説明しなければならなくなる。

それによって、ドライバーは「これまでの給与が労働時間を正しく反映していたのか」と疑問を持つことになる。もし労働時間を反映していない日当制や歩合制、固定残業制などでは、割増賃金率引き上げ問題に対し解決策がなく、これまでのドライバーとの信頼関係も苦しくなってしまうのだ。

加えて2023年4月1日からは、法改正により、未払い残業代の請求期間がこれまでの2年から3年に延長になったものが最大限適用されるようになる。

これまでの未払い問題は多くが個別的であったが、今回はすべてのドライバーに関わる問題であることから、集団的紛争に発展する可能性もあり、労働組合の結成や外部労働組合の介入も考えられる。そうなると、未払い額は時効3年分を全ドライバーに清算というとてつもない金額となってしまう。

 

この問題について事業者に話を聞くと、「長距離をしていたらどうしても残業時間は発生する。労使トラブルが増えるのは目に見えており、頭が痛い問題だ」と影響を心配する声が多く聞かれた。

一方、「残業がなくなったら、荷物があふれてしまうことになるだろう。それをせず、無理して運ぶから一向に運賃が上がらない。国のいうことを聞いて行程をきっちりすることで、例えば長距離で、従来は1日で届けるところを3日間かけるようにする。すべての事業者が『法律なのでこれ以上働けません』というスタンスにすれば、荷主も運賃も上げざるを得なくなる。サービス過剰は自分で自分の首を絞める」と、前向きにとらえるべきと考える事業者もある。

ムロタ社会保険労務士事務所(大阪府寝屋川市)の室田洋一代表は、「早急に求められているのは、正しく労働時間を反映する給与制度に移行することであり、来年4月1日からはその給与制度において『60時間以上5割増し』の変更が実施されることである」と指摘。

「現場の人間を入れて、疑念が出る前に『お互いで変えていきましょう』とドライバーとの信頼関係を構築しつつ、給与制度を見直して4月1日を迎えて頂きたい」と注意喚起する。

また、「1日8時間、または週40時間を超える労働を行った場合、残業代が発生するのが原則だ。ところが、実質週休1日制を導入している運送事業者は少なくないが、そうした場合、土曜日がまるまる残業時間になるのを理解していない会社が少なくない。例えば土曜日の労働時間が11時間であった場合、残業時間は3時間ではなく11時間全てが残業時間だと計算しなければならない。これを理解せず『ウチは大丈夫』と考えている会社は大きな誤りなので気をつけなければならない」とアドバイスする。