「たとえば営業トラックのキャリアが30年以上のベテランドライバーを採用したとして、働いてもらう前に会社がやらなければならないことは?」と運送会社の社長に尋ねて、すっと答えが返ってこないケースも意外に多い。人材不足のなかで即戦力を求める実運送の現場では、頭でわかっていても後回しにした結果、忘れ去って放置してしまう事例の一つが初任および、適齢診断。適正化実施機関による巡回指導の重点項目になっており、車両停止などの行政処分を受けたトラック事業者の違反内容を見ると、その多くに「初任・高齢運転者に対する適性診断受診義務違反」(貨物自動車運送事業輸送安全規則第10条第2項)が含まれる。

「仕事の合間にでも行かせればいい…そう考えていた。もう1年以上、そのままにしてしまっている」と、近畿地方で運送会社を経営する50代前半の社長は打ち明ける。同じ荷主に出入りする同業他社からの転職ドライバーで、「40代後半のバリバリ。ざっと仕事の流れを説明して、翌日から乗ってもらったと思う」と振り返る。

適性診断を受けさせていないことは気になっていたらしいが、そのドライバーは社長が思っていた一般診断ではなく初任診断の対象者で、ナスバネットを使ったコンピューター診断だけでは許されない旨を説明。ついでに、ドライバーが65歳になったら必要になる適齢診断のことも話すと、「何人かいるけれど…それも放った状態になっている」という。

同社と似たケースは決して少なくない。70代前半のトラック経営者は過日、新しく雇い入れたドライバーに適性診断を受けさせるため、ナスバネットを予約しようとト協の支部に電話したところ、「過去3年以内に初任診断を受けていないドライバーは国交省が認定する適性診断でないとダメですが、大丈夫ですか?」と確認された。同所で受けられるナスバネットは初任や適齢に不可欠となるカウンセリングに対応しておらず、任意の一般診断に限られてしまうからだ。

実際には初任診断が必要なドライバーだったが、「都合が合う日も少なく、受けないよりはマシだと思った」と社長。周知の通り、初任診断は「その運送会社に新しく採用されたドライバー」に受けさせなければならないもので、やむを得ない場合は業務の開始から1か月以内の受診で可。「受けないよりはマシ」という社長の考えは安全面から間違いではないものの、適正化実施機関による巡回指導で「不適」の指摘を免れず、行政処分の違反項目に該当することは理解しておきたい。

本紙でこれまで何度か取り上げてきたこの問題は、営業トラックの運転歴が20年、30年というベテランの採用シーンだからこそ陥りやすい勘違い。コロコロと職場を変えているようなケースは別として、転職する前の会社に勤続3年以上というドライバーの場合はおそらく初任診断の対象になる。

同地方の40代半ばの社長は「どんなベテランだろうが関係なく、うちでは全員に初任診断を受けさせる。対象ではないドライバーが受けて悪いことはないし、管理面で間違いも起きない。診断結果を見ながら運転特性など、ドライバーと個別に話すことは大切」と指摘。そのうえで「初任や適齢に対応できる認定機関での受診予約が取りにくいという人もいるが、いつもすんなり取れている」と話す。

「初任」違いに注意 3年ぶり復帰は対象

ドライバーを新しく採用した際、もう一つ戸惑うのが初任教育だ。平成29年3月12日、準中型免許の創設に合わせて改正された「貨物自動車運送事業者が事業用自動車の運転者に対して行う指導及び監督の指針」によって始まったもので、適性診断の初任と同じく適正化実施機関による巡回指導の重点項目かつ、違反があれば行政処分の対象となる。

指導・監督指針の12項目を座学および実車を使って指導(15時間以上)し、さらに実際にトラックを使った安全運転の実技(20時間以上)をこなさなければならないが、こちらの場合は文字通り、トラックのドライバーとして〝デビュー〟する人のほか、営業トラックのハンドルから3年以上離れていた元ドライバーらが受けなければならないもの。長年勤めた運送会社から転職してきた大ベテランの場合は、こちらの「初任」は対象外となる。ちなみに、やむを得ない場合は乗務開始から1か月以内でも許される点は初任診断と同じ。