第十三話.岡野、テキ屋を引退する。

 そんなこんなで、俺はテキ屋でバイトを続けながら、十八歳になった。

 今の時代、車離れが進んでいると言われているが、当時は十八歳と言えば車の免許が取れる年齢。
 免許を取るのが普通と言われる時代で、十八歳を迎えると免許を取りに行く人は多かった。
 当然俺も免許を取った。

 テキ屋の親方に可愛がられていた俺は、親方から中古のブルーバードを五万円で譲って貰って、俺の行動範囲は一気に広がる。 
 クルマってすげぇ。
 まるで翼を得たかのようだ。

 こういうのを世界が変わるって言うんだろう。

 今は親分の中古のブルーバードだけど、金を貯めてもっと良い新車を買いたい。 
 それには、テキ屋じゃ厳しいな。
 以前から、テキ屋を辞めようとは思っていた。
 いい機会かもしれない。

 俺はテキ屋の親方に、話をすることにした。

「免許も取ったし、そろそろちゃんと働こうと思うんっすよ」
「テキ屋は嫌いか? 楽しいだろ? いろんな所行けるしさ」
「楽しいっすよ。だから他のバイトしても戻ってきちゃったんだし。けど、俺、夢は社長なんですよね」

 そう。『いつか金持ちになってやる』という、俺の幼い頃に誓った決意は、『社長になる』という夢に変わっていた。
 俺は夢は夢で終わらないと思っている。
 いつか絶対に叶うはず、いや、絶対叶えてやるんだと。

「お前は良くやってくれてるし見込みあるんだよな。どうだ? 俺が独立させてやろうか」
「独立・・・・・・!」

 辞める気満々だった気持ちが、ぐら~りと揺れる。
 『辞める』、と『続ける』、の天秤が、一気に『続けて独立』に傾いた。
 独立。独立か・・・・・・!

 テキ屋は正直楽しい。
 独立ってことは、いうなれば社長じゃね?
 俺会社の社長。社長だよ社長。悪くない話だ。

 でも、テキ屋かー。
 このままずっとテキ屋やるのか?
 一も二も無く飛びつくには、不安要素も大きかった。

***

「お前、まだテキ屋でバイトしてたの?」

 決断できず迷っていたある日、俺は友人の大輔を誘い、ドライブに出かけた。
 久々に会った大輔は、呆れたような眼を向ける。
 でも、実はこの時、俺は人生の分岐点に立っていた。

「んー、辞めようとは思ったんだけど、すごい引き留められちゃってんだよね。それに、実は俺、親方から独立させてやるって言われててさ」

 ワクテカしながら話す俺に、大輔はため息をつく。

「・・・・・・お前さ、テキ屋で働いてるつっても、世の中では働いてることにならないって知ってる?」
「・・・・・・へ?」
「金貯めて新車買うつってたじゃん? 多分クルマ買えないよ? ローン通らないでしょ・・・・・・」
「・・・・・・」

 ――確かに。
 ドコで勤務してますか、なんて言われても『テキ屋』なんて書けないじゃん。

 目から鱗。独立に舞い上がっていた俺は、目が覚めたような気分になった。 
 駄目だな。うん。それは駄目だ。
 俺が目指す社長は「そう」じゃない。

 俺は社長になりたいんだ。
 親方になりたいんじゃない。
 大会社を立ち上げて、社員も沢山雇って、社長と呼ばれる億万長者になるんだ。

 そうだな。

 工場とかで、同じ作業の繰り返しは、俺には向いていない。
 でも、俺は運転するのが好きだ。
 準中型免許はおろか、中型免許すら無く、普通免許でトラックが乗れる時代だ。
 俺もテキ屋でトラックの運転もしたことがあったし、運転は得意だった。

 トラックドライバーは、どうだろう。
 やったらやっただけ稼げる仕事だと聞いたことがあった。
 俺に向いているんじゃないか。

 ――運命の女神が、微笑んだ。

 

to be continued…


ご閲覧有難うございます! 
次回更新は8/21を予定しています。 お楽しみに!