あおり運転の被害者が被害者ではなくなる可能性~サラリーマンAさんの場合~

煽り運転にイラついたAさんがとった行動

Aさんが運転中にふと気が付くと、バックミラー越しに車がぴったり張り付いているのが見えました。その数秒後、後ろの車は、左側の走行車線から、Aさんの車をフル加速で追い越し、幅寄せ、急ブレーキで進行方向をふさいできたため、危うくぶつかるところでした。すると、Bさんが車を下りてきます。Aさんも、若干イライラしていた背景もあり、ドアを開けて車を降りてしまいます。相手の男Bさんは、興奮状態ですから、いきなりAさんの胸倉を掴んできます。反射的に、Aさんも相手の胸倉を掴んでしまいます。ここまで来たら、Bさんは、Aさんに殴りかかってきます。Aさんも簡単に殴られる訳にはいきませんので、手で防御しますが、AさんはBさんに数発殴られてしまいます。と、そこへ無線を聞きつけたパトカーが間もなくやって来ました。AさんとBさんはそれぞれ別々のパトカーで警察署へ行くことになります。

なんで自分が!?Aさんにとってまさかの展開

二人が案内されたのは、刑事課の取調室です。もちろん別々の部屋です。Aさんは、目の前の刑事に対し、相手に殴られてケガをしていること、自分は傷害の被害者で、相手を訴えようとも思っていることを伝えます。刑事は、「わかりました」と取調室を出ていきます。Bさんの話を聞きに行ったようです。15分後、戻ってきた刑事がAさんに、こう言います。

担当刑事のアイコン
「えっと。あなたが謝るんだったら、相手も謝ってもいいって言ってるけど、どうする?」

Aさんは愕然とします。Aさんは例え相手が謝ってこようとも、絶対に許さないという強い気持ちでいるのですから、自分が謝るなんてことはみじんも考えていません。

担当刑事のアイコン
「状況は大体分かりました。あなたがケガをしているのは分かりますので、すぐにでも救急車を呼ぶことはできます。ただ、あなたは車を降りて相手の男の胸倉を掴んでいますね」
被害に遭ったAさんのアイコン
「いや、先に胸倉を掴んできたのはあっちですよ!それに・・・」
担当刑事のアイコン
「まぁ、聞いてください。あなたの言い分は分かりました。それで、相手の男の言い分ですが、強引な割込みで、ぶつかりそうだった。あなたの乱暴な運転を注意しようと車に近づいて停車させたら、いきなり胸倉を思いっきり掴まれた。殴り合いになったが、向こうのパンチは当たらなかった。が、自分のYシャツが破れてる。胸のあたりが痛い。病院に行きたい。傷害だ。シャツも高いので、器物損壊だ。それに弁償もさせてやると凄い剣幕です。そして、当然に被害届を出すとも・・・

あまりにも予想外の展開で、Aさんは気が遠くなりそうです。Aさんは、「先に向こうが」というフレーズの無力さに気づきます。

担当刑事のアイコン
「もちろん、あなたの方が被害の度合いは強いように見えます。向こうは傷害の被疑者でしょう。ですが、それと同時にあなたは少なくとも暴行の被疑者、相手が診断書を取れば同じ傷害の被疑者です。あとは、どちらが重いかです。殴り合いの喧嘩で110番が入りましたが、一部始終の目撃者は今のところ居ません。どちらが悪いかを決めることができるのは、裁判官です。逮捕されて身柄拘留されて、数か月後、法廷で勝負しますか?そんなことをして、会社は大丈夫ですか?そして、家族はどうなりますか?もちろん、お互いが絶対に許さないということであれば、こちらは仕事ですので、事務的に処理いたします」

ここまで言われると、Aさんもようやく状況を理解してきます。そう、警察では6:4くらいで向こうが悪いくらいにしか見ていないと。事実は、どう考えても、10:0で向こうが悪い、強引な割込みなんてしていない。あいつは嘘つき野郎だ!それを警察ではお互いが犯人だと思っている。警察はAさんの人生を掛けた訴えを、話半分で聞いています。理由は簡単です。さしたる根拠もなくBさんの言い分を信用せず、Aさんのことだけを100%信じてもらえるはずがないからです。

煽り運転対策ポイント

1.車から降りない

車から降りて良いことは起きません。相手のパンチをひらりとかわし、瞬時に相手の腕を取って、鮮やかに抑え込んだとします。相手は「あいたたた、何すんだこの野郎、ケガしたぞ」と何だか、展開は良くありません。ドラマと現実は違うということです。

2.ハザードランプを出す

常日頃から、ハザードを出したり、手を挙げたり、軽く会釈したり、車同士の簡単なコミュニケーションを取っておきましょう。少し強引な入り方をして、相手に多少いじわるされても、即座にハザードランプを出しておけば、意外と収まるものです。

3.110番通報

即座に110番通報しましょう。このような相手は、直接話し合いをするべき相手ではありません。車内と車外という、お互いを完全に区切られた状態で、警察を呼びましょう。

さいごに

経験から学ぶことはプライスレスですが、世の中には経験しなくてよい、むしろ、経験してはならないことが沢山あります。明日は我が身という落とし穴は、すぐ身の回りに存在するのです。わずかな注意と少々の思いやりで、ごく当たり前の穏やかな人生を送りましょう。

著者紹介

一般社団法人運転安全総研トラバス理事 危機管理コンサルタント・社会保険労務士・行政書士 内藤 晋一氏

内藤 晋一(ないとう しんいち)

一般社団法人運転安全総研トラバス理事
危機管理コンサルタント・社会保険労務士・行政書士


警視庁巡査を拝命してから警視庁警部補を依願退職在職までの約17年間の内、約10年を本部刑事(捜査第三課)、約5年を所轄署刑事として従事。この間、空き巣や金庫破りなどの建物に侵入して敢行するいわゆるプロの泥棒を数十人検挙。警部補で警視庁本部に所属した際は、自ら捜査本部を陣頭指揮し、窃盗犯の割り出しから行動確認、証拠収集、令状請求、逮捕、取調べにあたり、侵入窃盗犯罪に精通するに至る。