軍事力維持に不可欠な資源を確保するため、戦略家はしばしば革新的な輸送網を構築します。江戸初期、この原則を体現したのが徳川家康でした。現在の千葉県市川市南部に位置する「行徳」という地域をご存知でしょうか？この場所は、江戸幕府の安全保障において驚くほど重要な役割を担っていました。

 

1590年、江戸に移った家康が最初に取り組んだのは、意外にも塩の安定供給でした。当時、塩は兵士の体力維持や食料保存に不可欠で、軍事力の基盤そのものだったのです。「敵に塩を送る」という言葉があるように、塩は戦略物資として認識されていました。

 

江戸から10km強の距離にあった行徳は、広大な塩田地帯として知られ、家康はこの地を「領地一番の宝」と称えて直接支配下に置きました。しかし、問題は輸送方法です。塩という重量物を効率的に運ぶには、陸路より水運が圧倒的に有利でした。

 

1603年の幕府樹立時、江戸と行徳の間は湿地が広がり、海路は遠浅の干潟で船の航行が困難でした。迂回ルートは時間とコストがかさみ、軍事上の弱点となっていました。この課題に対し、家康は大胆な土木事業に着手します。

 

およそ20年の歳月をかけ、1620年頃、隅田川と江戸川を直線的に結ぶ全長約9kmの運河が完成しました。この水路は「新川」と「小名木川」から構成され、塩の大量輸送を可能にしました。後に「行徳河岸」と呼ばれる中央区日本橋小網町の船着場は、この輸送網の終着点として江戸の物流拠点へと発展したのです。

 

あなたが東京を訪れる際、現代の高層ビルや鉄道網の下に、かつての水運ネットワークの痕跡が眠っていることを想像してみてはいかがでしょうか。軍事的必要性から生まれた水路が、やがて江戸の繁栄を支える大動脈となった歴史は、今日の物流システムを考える上でも示唆に富んでいます。

 

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